現在の場所>ホーム > 中国同窓会 > 九大人 >

曲聖
日付:2018-11-29
出所:九州大学北京事務所



                   1.jpg        

芸術工学                

        網易(NetEase        

                   
        

                                                                         

        

生まれ      

遼寧省瀋陽

高校 

東北育才外国語学校

大学

九州大学芸術工学部

卒業後育やインターネット関連の仕事に携わり

現在

広州網易で海外商務マネージャーを担当

                                                                      

        

1、九州大学へ留学する原因ときっかけを教えていただけますか。
   小さい頃から日本のアニメが好きで、それを通じて、日本という国は私たちに住む世界と違うことが多く、不思議でたまりませんでした。その後、丁度日本へ留学できる中学校に進学するチャンスがあり、母親と相談した上、この学校に決めました。以後、順調に進んできました。つまり、私は小学校6年生の時に日本留学を決めました。
2, 留学の経験により一番の宝物はなんでしょうか。 
   これは、異文化に対する理解と包容力であります。帰国後、特に広州へ来た後、沢山の現地の人は異文化に対し違和感を感じていました。しかし、東北地方生まれ育ちの私がすぐに、広東の文化に溶け込むようになりました。しかも、全国各地または世界各地の“違い”に対して、驚かなく、逆に、柔軟に受け入れる姿勢で対応できるようになりました。

3,九大での留学生活は、今のお仕事や生活には、どのような影響を与えたのでしょうか?
   正直に言えば、九大は中国の日系企業を除いて、あまり知名度がなさそうですが、九大という銘柄より、“日本海帰”というのが、目立っています。私にとって、留学は国際的視野をさらに広げ、考える際、既に中国大陸に限らず、自然的に“国際モード”にデフォルトされています。
   以前、福岡県と広州の政府間における交流活動に参加したことがあって、私は広州・網易の代表として発表した後、会場内の各領域における日本人は積極的に私に声を掛けてきて、彼らは九大のOBだそうです。また、その場で中国の留学生である後輩と出会い、親しみを感じていました。しかし、その他の中国発表者はそんなに注目を浴びていなかったようです。“九大”と言う銘柄があったからこそ、福岡と中国企業間の交流をより促進できると考え、それは恵まれたメリットともいえます。そのメリットを活かし、更なる架け橋作用を発揮できると考えています。

4,現在、毎年、多くの留学生が九大へ留学しますが、ご自身の成功例を簡単に後輩たちに紹介していただけませんか?  
   全体から考えれば、留学は利が弊害より大きく、より多くの学生を留学するのがお勧めです。なぜかと言いますと、“弊”に関して、年齢と言う角度からリスクを挙げたいと思います。私は18歳高校卒業後、すぐ日本へ留学しました。しかも、両親も側についておらず、一人でいました。この年齢層は、丁度、性格の養成にとって最も重要な時期でもあります。しかし、社会に入って間もなく経験不足で、しかも、留学の諸問題に直面しなければなりません。例えば、文化の衝突、孤独など、私は自分の気持ちをうまく調節できず、4年間うつ状態になっていました。これは私だけでなく、同行した60名の内、15名ぐらいも卒業できなかったのです(留年、退学或いは休学)。また、3校の日本語学校で4年間日本語教師のアルバイトをした経験がありましたが、その間、沢山、その年齢層の中国留学生と接しました。経済、心理及び現実問題などで、半数近くの学生が日本語学校から大学に順調に進学できませんでした。
   留学年齢として、15歳以下、日本で小学校から高校まで留学し、両親が側にいるのが一つの方式;また、中国国内で大学を卒業し、人格を完全に形成し、日本の大学院に進学するのも良い選択だと思います。でも、一人で日本の大学に進学するのが、いろいろなリスクに直面すると思います。

5,あなたの座右の铭または一番お好きな言葉を教えていただけませんか?  

   もし一人が夕暮れまで歩いて、ようやく、着いたなら、それが十分です。

 


 

 

 

PRE:李臻     NEXT:趙沖